(静岡県立大学 国際関係学研究科 グローバル・スタディーズセンター CEGLOS 自著を語るシリーズ)
EPA看護師に関しての研究書籍『外国人看護師―EPAに基づく受け入れは何をもたらしたのか』 が2021年4月、東京大学出版会から刊行されました。
本書の執筆者・共同執筆者の約半数は、日本の医療福祉の現場でフィールドワークをしたインドネシア、フィリピン出身の看護資格を持つ研究者です。また、実態をより網羅的に把握するため、看護学、社会科学、文化人類学、経済学など多角的な研究アプローチが試みられたことも、本書の特徴です。
本書の出版を記念し2021年7月10日、オンライン講演会が開かれました。(静岡県立大学 国際関係学研究科グローバル・スタディーズセンター 主催;トヨタ財団助成)約90分のオンライン講演会では、編者を務めた長崎大学の平野裕子教授 と東京大学の米野みちよ准教授(執筆時。現在は静岡県立大学教授)に加えて、本書の執筆陣らが登壇。EPA締結の経緯、日本語教育制度、現場で直面する具体的な課題、受入れ病院の経済的な負担、など、それぞれが担当した研究内容を発表しました。
本稿では、フィリピンとインドネシアの看護師資格を持つ3人の登壇者の声を紹介します。
看護現場での文化の違い
フィリピン国家資格委員会で看護部門を担当した経験のある、元フィリピン大学看護学部のコラ・アニョヌエボ教授は、日本の国家試験に合格したフィリピン人6人に対する聞き取り調査を基に考察を発表しました。「聞き取りをしたEPA看護師は手厚いサポートに感謝していた」という事実を述べた上で、アニョヌエボ教授は関係国が解決すべき、いくつかの課題を列挙しました。
まず、看護師候補者の受け入れ先(病院など)によって、業務と勉強の時間がまちまちである点で改善が必要と訴えました。当事者間で不公平感が強く、実際に、与えられた勉強時間の長さや支援の内容によって合格率の相違が如実に見られます。
EPA看護師(候補者)の業務内容に関しては、EPA締結時からフィリピン看護師協会などで議論の対象になってきました。現行の制度では、日本の看護師国家試験に合格するまでは看護師としての業務を行うことができないために、専門知識・スキルを十分に活かせない点が問題視されてきました。ただ、EPA看護師当人たちは、むしろ国家試験合格後に、一人前の看護師としての責任を持たされた時に、日比間の看護の習慣の相違に直面して戸惑うことが多いことも明らかにされました。筆記の看護師国家試験に合格するために必要な日本語能力と、看護業務で必要な日本語のスキルも、大きく異なります。アニョヌエボ教授は「国家試験合格後も日本語教育は継続すべき」という当事者たちの声を強調しました。
キャリアパス形成も課題
さらにアニョヌエボ教授は、EPA看護師が日本において明確なキャリアパスを描けていないという問題点を指摘しました。同様の課題は、国際機関日本アセアンセンターのカトリナ・ナヴァリョ氏からの発表でも指摘されました。
日本でのキャリアパス形成を目指すEPA看護師にとって、高度な日本語の習得に加えて障害の一つになっているのは、家族の移住に対して厳しい日本政府の政策です。既婚者のEPA看護師が、合格後も日本で働き続ける場合、母国の家族と離れ離れの生活を続けるのか、親族を日本に招聘するのか、今後の生活拠点に関して決断しなければなりません。しかし来日した配偶者は就労制限があり実質的にフルタイムの職に就けない状態におかれます。こうした制度が結果的に、生活費の高い日本での暮らしを続けるための障壁となっているのです。
他にも、日本の学校では手厚い多文化教育プログラムが十分に整備されていない、子育ての手伝いために親族が長期滞在することができないなど、子育て世代のEPA看護師を悩ませる要因が山積しています。アニョヌエボ教授は「今後、EPA看護師が明確なキャリアパスを形成するためにも、こうした複数の障害を一つ一つ改善する必要がある」と訴えました。
EPA看護師として国家試験に合格し、医療法人あかね会中島土谷クリニックに勤務しているテレシア・マリア・トジ・ピオ氏(インドネシア出身)も登壇者の1人でした。言葉の壁や文化の違いで苦労したエピソードを交えながら、本書を読んだ感想を流暢な日本語で発表しました。国家資格に合格する前の期間を「人生で一番苦労した時期」と話しながらも、「資格合格はスタートです。国籍を問わず、全ての看護師・介護士がともに成長していきましょう」と笑顔で呼びかけました。
本書は、東京大学出版会のHP及びオンライン書店で購入が可能です。詳しくは下記URLをご参照ください。